意外と知らない真実。
このような歌だったんだ。
作詞は相馬御風、作曲は東儀鉄笛で、創立25周年(1907年)に制定された。三番から構成され、特に一番の歌詞の冒頭の「都の西北 早稲田の杜に」のフレーズは有名であることから別名『都の西北』と称される。早稲田大学自身も「都の西北」と称されることが多い。また各番の最後にある「わせだ わせだ……」のフレーズも特に有名で、これは小説家でもあり同大学で教鞭をとった坪内逍遥の発案によるものである。学生や卒業生のスポーツ観戦や同窓会の際に幅広く愛唱され、早稲田は日本一校歌を歌う大学とも言われる。なお、この校歌を歌うために結成された男声合唱団が後の早稲田大学グリークラブであり、彼らが国内演奏旅行で歌い広めたため学外でも有名となった。
作詞者の相馬御風は早稲田大学卒業の詩人で、三木露風や野口雨情らとともに早稲田詩社を結成し「口語自由詩」を提唱した。作曲者の東儀鉄笛は早稲田大学の前身・東京専門学校出身であり、雅楽師東儀秀樹の曽祖父にあたる。
エール大学学生歌「Old Yale」が、校歌のオリジナルとも言われる。
なおこの大学校歌は附属高校の高等学院の校歌でもある。
紺碧の空
1931年8月に制定された早稲田大学の第一応援歌。創作当時は第六応援歌。作詞は住治男、作曲は古関裕而。当時、早慶戦で連勝していた慶應義塾の応援歌「若き血」に対抗するための応援歌として誕生した。
応援団の歌詞募集により集まった約三十編の応募作から、西條八十教授により高等師範部三年住治男の「紺碧の空」が選出された。作曲はリーダー長伊藤戊の推薦により、彼の幼な友達であり日本コロムビア専属の古関裕而に一任された。当時は反対も多かったという。その後住治男は27歳の若さで逝去するが、古関裕而はこれが出世作となり、次々とヒット曲を飛ばし音楽界の寵児と騒がれることになる。
卒業式では校歌と共に必ず流される歌である。
引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
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